開高健『日本三文オペラ』  

 開高健『日本三文オペラ』(新潮文庫)
 自身たちのことをアパッチ族になぞらえて書かれた新聞記事に対して、住人のラバは叫ぶ。

 「なんかってけっかる!」/と叫んだ。これは、なに吐(ぬ)かしてけっかるというべきところを、昂奮したために撥音便やらリエゾンやらが一度に作用してしまったのである。彼は(ラバ)はもう一度くりかえした。/「なんかってけっかる!」(191、192p)

 リエゾン、なんとなくわかる気はするが広辞苑で調べてみる。

 リエゾン 意味上まとまりの強い語群の内部で、通常は発音しない前の語の末尾の子音が後の語の頭母音と結合して発音される現象。フランス語の特徴の一つ。連音。

 そうか、これは現象か。では、撥音便は?これはリエゾンという横文字よりわかっていそうだが、なにをどうわかっているのか、やはりわかっていない。広辞苑のページを繰る。

 撥音便 音便の一つ。おもに動詞活用語尾の「に」「び」「み」「り」が撥音になる音便。「飛びて」が「飛んで」に、「残りの雪」が「残んの雪」になる類。はねる音便。

 ここへ来て、音便という語がきになってきた。調べる。

 音便 日本語で音節の一部が脱落して、もとの音とは違った音に変わる現象。「咲きて」が「咲いて」、「早く」が「早う」、「飛びて」が「飛んで」、「知りて」が「知って」になる類。イ音便・ウ音便・撥音便・促音便の四種がある。

 と、ではイ音便・ウ音便・促音便とは、しかしもうしんどい。これ以上、いまは。

 高校を出て間もない頃、フラフラしていた。フラフラは、その後何十年と続くが、しょっぱなの時期だ。京橋の牛乳工場へ面接に行った。順番を待っている間、部屋の前にある椅子に腰を下ろしながら開高健『パニック・裸の大様』の新潮文庫を開いていた。作者の機智に感心した。
 76年、上方小劇場は横井新、作・演出で『猫間川異聞 月見草の花が咲いた』(島之内小劇場)をやった。舞台で猫間川住人がズラッーと並んで座り、鉄を食べるシーン。一人が鉄の棒のそれを何か言いながらだったか、食べる。食べると、となりの人間に手渡してゆく。その都度、客席からのにこやかな反応を感じ取った。この鉄を食べるのは小松左京の『日本アパッチ族』に描かれているものだ。とはいっても、私はこの小説は読んでいない。開高健の『日本三文オペラ』は、芝居のケイコの過程で読んだ。今回読みながら、住人の熱量そのままの舞台、夢を思い返すようだった。私は20代半ばだった。

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